国立感染症研究所エイズ研究センターの上西理惠氏が、10年2月の医薬ジャーナル(46巻2号741頁)で現在開発段階にあるC型肝炎(HCV)治療剤開発の現状と、その将来動向について概説しています。
NS3/4Aプロテアーゼ阻害剤は、構造上、(1)基質であるペプチド類似の非環状(acyclic、linear)のものと(2)環状(マクロサイクリック)のものの2種に分類される。
前者にはVX-950、SCH503034、後者にはBILN2061、ITMN-191/R7227、MK-7009が含まれる。これらは、いずれも活性中心のあるNS3側に作用するものである。
一方、ACH-806/GS-9132は、NS3の不可欠の補助因子であるNS4AとNS3との相互作用をブロックすることでプロテアーゼ活性を阻害するタイプの阻害剤である。
BILN2061(Ciluprevir;シルプレビル、ベーリンガーインゲルハイム社)は、最初に開発されたのは抗HCV剤としてプロテアーゼの基質ペプチドの構造アナログとしてデザインされた。
フェーズ2において、2日間の内服投与によって全症例でHCV-RNAが1/100~1/1000に減少するなど劇的な効果を示した。
しかし、BILN2061を4週間投与したサルに心筋毒性が出現し、その後の開発が中止されている。しかし、これは高い抗HCV活性を持つ化合物として最初に設計されたものであるというだけでなく、HCVプロテアーゼが治療標的としてviableは標的であることを証明したという意味で先駆的意義を持つ。
VX-950(Telaprevir;テレプラビル、バーテックス社)は、Boceprevirと並んで現在最も開発が先行している抗HCV剤である。
米FDAにて迅速に審査を進めるためのファストトラックに指定され、実用化が急がれている。
Peg-IFN/PBV標準療法との併用による3種のフェーズ2(PROVE1、2、3)が行われている。
治療奏効率(SVR)は、Peg-IFN/RBV併用療法のみの対照群に比較して約20%上回っている。
08年3月には、欧米を中心として、治療歴のないジェノタイプ1のHCV感染者1050例を対象とするフェーズ3(ADVANCE)が開始されている。10年後半に終了予定で、米FDA認可を目指すものである。
また、08年10月には、既治療例(無効群、一過性ウイルス消失群、ウイルス再燃群)を対象とする新たなフェーズ3(REALIZE)が始まっている。
日本でも08年秋からフェーズ2が開始されていて、実用化に最も近いSTAT-C治療剤となっている。なお、副作用として皮疹ラッシュの出現頻度が高い(12週で3~7%)ことが報告されている。
SCH503034(Boceprevir;ボセプレビル、シェリングプラウ社)も米FDAのファストトラックに指定されており、SPRINT-1と名付けられたフェーズ3が開始されている(08年5月)。
未治療のジェノタイプ1感染例が対象で、Peg-IFN/RBV 2剤併用4週後、Peg-IFN/RBV+Boceprevir 3剤併用した群の治療終了後12週時点のウイルス陰性率(SVR-12w)は74%と高い奏効率を示している。またPeg-IFN/RBV治療に反応しなかった357例での3剤併用でのSVRは14%と報告されている。
副作用としては貧血(ヘモグロビン減少)が知られている(Peg-IFN/RBVのみが33%に対して50%)。テレプラビルと並んで、実用化に最も近い治療剤である。
MK-7009(メルク社)は、BILN2061と類似したマクロサイクリック構造を持ち、プロテアーゼ活性中心に強力に結合する。高い阻害活性を示し、現在フェーズ2が進行中である。
SCH900518(Narlaprevir;NVR、ナルラプレビル、シェリングプラウ社/メルク社)は、非環状構造を持つ新薬である。09年11月よりリトナビル(Ritonavir;RTV)を加えた合剤(NVR/RTV)とPeg-IFN/RBVとの併用によるフェーズ2(NEXT-1)が始まっている。
もともと抗HIV治療用のプロテアーゼ阻害剤として開発されたRTVは、肝チトクロムP450-CY3A4に対する阻害効果があり、そのため併用薬剤の血中濃度を上昇させ、併用薬剤の薬理動態(PK)を改善・強化する効果を持つ。NEXT-1ではNVR/RTVは1日1回投与が試される
(注:HIV-1治療剤として現在最も繁用される代表的なプロテアーゼ阻害剤の一つであるカレトラKaretraは、本体のプロテアーゼ阻害剤であるロピナビルLopinavirの効果を強化するために少量のRTVが加えられた合剤(LPV/rtv)である)。
BI201335(ベーリンガーインゲルハイム社)は、強力なプロテアーゼ阻害剤の一つである。3%未満の患者のみがリバウンドした。Peg-IFN/RBVとの併用で1日1回投与によるフェーズ2(SILEN-C1)が進行中である。そう痒、黄疸、皮疹などの副作用が少数の被験者に報告されている。
TMC435350(Medivir社/Tibotec社)は、可逆的(非共有結合型)プロテアーゼ阻害剤でIFNα、ポリメラーゼ阻害剤と相乗的、RBVと相加的に働く。ジェノタイプ1の無効/再燃例にも単剤で有効と報告されている。最終の投与以降もウイルス量低下し続けていることが特記される。
現在フェーズ2aが進行中である。以上の新薬は、いずれも1日1回投与となる見込みで、Q8hが必要なテレプラビルやボセプレビルと比較して有利な性質を持っている第2世代のプロテアーゼ阻害剤である。
ACH-806/GS-9132(Acillion Pharmaceutical社)は、他のプロテアーゼ阻害剤がいずれも活性中心のあるNS3に作用するものに対して、プロテアーゼ補助因子であるNS4AのNS3への結合をブロックすることでプロテアーゼ活性を阻害するというユニークな作用機構を持つ化合物である。腎毒性が出現し、治療剤としての開発は現在中止されているが、NS4AとNS3との相互作用を遮断することでプロテアーゼ活性を阻害するという新しい作用メカニズムを示したという意味で、その開発の意義は大きい。
現在NS4Aを標的とする新薬の開発が継続中である。
ポリメラーゼ阻害剤は、(1)酵素の基質アナログとして働き、RNA鎖伸長反応を阻害してターミネーターとして作用する核酸系ポリメラーゼ阻害剤と、(2)酵素の活性中心とは異なるサイトに作用してアロステリックに阻害効果をおよぼす非核酸系ポリメラーゼ阻害剤の2つのカテゴリーに分類される。前者には、さらにヌクレオシドとヌクレオチド型の2種がある。このカテゴリーの新薬には、現時点でフェーズ3に進んでいるものはないが、いくつかの有望な薬剤が含まれる。
NM283(valopicitabine;バロピシタビン、Index Pharmaceutical社/ノバルティス社)は、NM107(2-C-meshyl-cytidine)の経口投与可能なプロドラッグ(3'-バリン・エステル)で、肝臓に取り込まれてからNM107に変換され、次いで肝細胞内の一連のキナーゼによって活性型の三リン酸型となって作用する。副作用として胃腸障害(悪心、嘔吐)があり、リスク-ベネフィットのバランスから開発は中止されている。
R1626(ロシュ社)は、R1479(4'-azidocytidine)の3'-位にトリ-イソブチリルエステルTri-isobutylesterが導入された経口投与可能なプロドラッグである。臨床治験で強力な抗HCV効果が証明されたが、安全性(貧血など)の問題から最近開発が中止となった。
R7128(ロシュ社)は、経口cytidineアナログPSI-6130(Pharmasset)のプロドラッグである。
これまでに開発された核酸系ポリメラーゼ阻害剤のいずれもが副作用のため、開発中止となっているが、このクラスの薬剤で現在生き残っている数少ない新薬の一つとして期待されている。
前述したように、R7227/ITMN-19(プロテアーゼ阻害剤)の組み合わせによるフェーズ2(INFORM-1)が開始されている(09年11月)。
これは、IFNを用いない治療法開発を目指した最初の治験であり、注目されている。また核酸系ポリメラーゼ阻害剤は耐性変異が出現しにくく、また薬剤間相互作用がそれほどないことから、非常に有望視されている。目立った副作用はないという。
IDX184(Idenix社)は、肝臓細胞に効率的に移行するような工夫がされた経口「肝標的型ヌクレオチド系プロドラッグである。
これまで述べた3種の阻害剤とは異なり、ヌクレオチド型ポリメラーゼ阻害剤である。核酸系ポリメラーゼ阻害剤が活性のある三リン酸型に変換される過程の律速段階は最初の一リン酸化のステップであることが知られているが、IDX184は2'-メチルグアノシン一リン酸(2'-MeGMP)のリン酸基がエステル化されていて、肝細胞に高率に取り込まれるような工夫がなされている。
それに加え、プロドラッグとして肝臓細胞内に取り込まれた後、保護基が除去され、律速段階である最初の一リン酸化段階をスキップして高率に活性型の三リン酸型(2'-MeGTP)に変換されるために、低濃度で高い抗HCV作用を示す新しいタイプの阻害剤である。治験の結果が待たれる。
NS5Bには、少なくとも4ヵ所のアロステリックサイト(サイト1~4)が知られており、それぞれbenzimidazole誘導体、thiophene 2-carboxylic acid誘導体、benzothiadiazine誘導体、benzofuran誘導体(HCV-371)の結合サイトとなっている。耐性変異は各サイトの周辺に集積して見られる。
これは、HIV-1逆転写酵素では唯一のサイトしか知られていないのに比べて、非常に大きな特徴である。先行して開発が進められていたHCV-796(ViroPharma社/Wyeth社)(肝臓毒性)(Benzofuran系)、BILB 1941(BI社)(胃腸障害)、GS-9190(Gilead社)(QT延長)は、それぞれ安全性の問題から開発中止を余儀なくされている。
GS-9190/PF-00868554(Filiburvir;フィリブルビル、Gilead/ファイザー社)は、強力な阻害剤(EC50値0.059uM)である。目立った副作用は報告されていない。有望な新薬の一つと期待されている。
ANA598(Adadys社)は、08年12月にファストトラックとしての認可を受け、09年7月よりフェーズ2が開始された。副作用としては、重度の皮疹が一部の被験者に報告されている。その他、XTL2125(XTL Pharmaceuticals社)、MK-3281(メルク社)などのフェーズ2が進行中である。
NS5A阻害剤は、IFN感受性や複製メカニズムとの関連が示唆されているが、その役割は依然明確ではない。NS5Aは宿主蛋白質との相同性が低く、特異性の高い薬剤の開発が期待される。
A-831(Arrow Therapeutics社/アストラゼネカ社)は、初のNSSA阻害剤で、インビトロでIRES依存性の翻訳反応を阻害する。フェーズ2に入っているとされているが、その後の報告はない。
BMS-790052(ブリストルマイヤーズ・スクイブ社)は、pMオーダーの強力な抗HCV活性を持ち、また、良好な薬理動態から1日1回投与の可能性が期待されている。目立った副作用は報告されていない。フェーズ2が08年10月より開始されている。
p7イオンチャネル阻害剤は、HCVがコードするウイルス蛋白質p7で陽イオン・チャネルの機能を持ち、ウイルス粒子の成熟・放出に関与するいわゆるviroporin(ウイルス由来のチャネル蛋白質)ファミリーの一つと考えられている。長鎖アルキル側鎖を持つイミノ糖(NN-DNJなど)は、このイオンチャネルの阻害剤としての機能を持つことが報告されている。
このカテゴリーの新薬として開発が進められていたのがUTー231B(United Therapeutics社)であるが、現在開発は中止されている。おそらく十分な有効性が証明されなかったためと考えられる。このカテゴリーの薬剤としては、その他BIT225(Biotron社)が開発途上にある。
作用機構の詳細が明らかではないが、Peg-IFN/RBVとの併用標準療法の効果を増強する可能性が期待される補助的治療薬として治験が進められているものがNitazoxanole(Alinia社)とSibininである。
Nitazoxanide(Alinia社、Romark社)は、cryptosporidiumやGiardia感染による下痢症治療剤として米で承認されたThiazolide系抗寄生虫剤である。エジプトでの寄生虫感染症の治療経験からHBV(B型肝炎ウイルス)、HCV双方に対して抗ウイルス効果を有することが明らかとなった。
抗ウイルス機構の詳細は不明であるが、直後の作用ではなく、間接の作用と考えられている。
宿主のdouble-stranded RNA-activated protein kinase(PKR)の活性化による翻訳阻害(IFN pathwayの賦活化)による作用であるとの報告がある。
エジプトでのジェノタイプ4の感染者に対する試験では、IFN/RBVによる標準療法との併用で高いSVR(79%)が報告されている。
また、RBVを含まない場合にも標準療法と同程度(61%)の高い効果を示すという。目立つ副作用は報告されていない。現在米でPeg-IFN/RBVとの併用によるフェーズ2(STEALTH C-2、C-3)が進行中である。
シルビニン(Silbinin;Sil)は、アザミ科の植物Milk thistle(silybum marianum)から抽出されるシルマリンSilmarinとよばれるフラボノリグナンFlavonolignans(silibinin A、B、isosilibinin A、B、silicristinやsilidianinが含まれる)の一つで、HCVレプリコンに対して阻害効果を持つことなどから、NS5Bポリメラーゼに対する阻害によるものと考えられている。
天然由来の比較的安全性の高い薬剤で、難治症例に対しても、IFN/RBV療法と併用することで、高い治療効果を示すことが報告されている。現在フェーズ2が進行中である。
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11 年前
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